松木 眞一
田野君は一人で急ぎ旅立った。 あの元気な声は、二度と聞くことは出来ない。
無念であり、空虚である。
10月21日付のメールでは「昨日、東名厚木病院に入院した。当分連絡不自由となるが
悪しからず」とあった。
翌22日病院に赴き、極めて短時間であったがご夫妻と面談することが出来た。
彼の声は確かに小さかったが、未だ病名すら判然としない状況であったらしい。
ご逝去の20日前に、「2日後に退院する、これからがお互い大変であろうが共にがん
ばろう」との内容のメールを頂戴した。
田野君は本当に気配りの豊な優しい、また明るい男であった。
余りにも早すぎた別れで、未だに信じられない。
唯々心からご冥福を祈るのみである。
渡辺 弘己
田野君と親しく付合うようになったのは「山しぶき会」の山行に参加するようになってからだ。
彼は健康増進のため、熱心に歩くことに取り組み、本人のみならず奥さんにも勧め、互い
に励ましあい、かばいあって歩く姿は誠に微笑ましいものであった。
それが、どうして、こんなに急に幽冥境を異にすることになってしまったのか。
なんと言う無情なことであろうかと嘆かざるを得ないのである。
彼は本当に好ましい人物で、それは皆が斉しく認めるところでもある。
「山しぶき」の会員としてもよく会のために尽くしてくれた。
彼の設立による「山しぶきの掲示板」の写しをよく頂いたし、それの報酬も「自分が好きで
やっている」ことだとして受けようともしなかった。
「三鴎会」の欧州旅行には二度ほどご一緒したが、彼のリポートは実に正確だし、良く纏ま
っていてこちらの記録作成に大変役立ったものです。
なんでも頼まれれば気さくによくやってくれたものだ。
我々は人生の黄昏のときを迎えている事は率直に認めるが、であればこそ彼のような人柄
の良い友人を失うことは堪えられないのである。
どうか、在天の霊よ、安らかに休まれよ。
そして我が友人達よ、「山しぶき」で最も若い友が先に逝って分、皆で長生きしてやろうじゃ
ないか!!
樋口 坦
期友の一人が亦旅立った
「山しぶき」のメンバーだった
彼とは山歩きや海外旅行での交流が深い
行事の度に、几帳面に、参加するごとに、欠かさず贈って呉れた記録や写真、海外の旅も
含めて数多い
アルコール嫌いと公言しつつも、懇親の場では冗談で話題も豊富、元気だった彼。
脚の痺れに、わざわざ新聞の切抜きを・・「そこはこれだろう、心掛けるところはコレコレ・・」
と送ってくれた彼、
面倒見の良い男だった
傘寿を過ぎ、卒壽を目指す我々にとって、欠けて行くのは定めだか、 「昨日元気だったが
今日は・・・」となると淋しい限り
今は追憶の中に生きる彼、 合掌してご冥福を祈る。